· 

平川直子さん主催【お寺de仏談(Butu-Dan)@陽興寺】

 

11月13日に開催された、めぐリスト・平川直子さん主催の【お寺de仏談(Butu-Dan)@陽興寺】の開催レポです♪

 

今日は、高岸宗範ご住職を講師に迎え、災害が頻発する日本社会における『不測の事態に対する心の持ち方』について、防災と仏教”人生は災害だ!備えあっても患い有り?”のテーマをもとに、心に響く深い深いお話をしていただきました。

 

宗範さんは、東日本大震災では宮田市に、熊本震災では益城町へ、西日本豪雨の時もボランティアへ行かれたそうです。
そちらで感じられたことは、仏教で学ばれたことと通じるものがあったようです。

 

災害のリスクに対する価値観は多様で、”防災”は災害に直面したその時には、自らの生死を分ける厳しいものであるにもかかわらず、普段の生活の中ではどこか縁遠いものと感じてしまう傾向がある、と。

 

う~む、納得(汗っ)。
そうなんです、つい後回しになってしまうこと。。。

 

不測の事態とは、災害だけによらず、事故や身近な人の死など、コントロール不能なことが起きます。その時に、『原因探しをせずに、起きた事実をただ認めるだけ』なんだそうです。

 

座禅を通してお話しくださったのは、座禅は、足を組み、手を組み、口を閉じ、身体を動かさない。そう、何もできない、非生産的な状態です。そんな状態は、一見すると生きている意味はないように捉えがちかもしれません。ましてや自分が動けなくなったら、私には生きる価値がないと思う人もいるのでは?その非生産的な状態=座禅が、満足した・充実した状態であるというわけです。

 

ただし忘れてはならないのが、写真にありますヒトの図。“頭を使うのではなく、内臓で考える”ということだそうです。よく、腹の声・肝の声など耳にされたこともあるのでは?

 

頭のコンピューターは、反射的に答えを導き出します。意思に関係なく、熱いものに触れたら手を離すように。座禅に入ると思考がどんどん働くそうなんですが、それを止めるのにいいのだそうです。
座禅の状態は、『Fulfilled(満足した、充実感のある状態)、条件が満たされている状態』というわけです。

 

今回、仏教とは、人間臭いもので、特別なことをするのではく、日常の‘業(禅宗では、掃除やお料理なども)’の中に答えとなるものがたくさんあり、“自分に学ぶ”ということだそうで、自分自身が実は教科書であり、その中に人生を生き抜く設問も設定されているということなんだと解釈できました。

 

良寛という僧侶の歌を教えていただきました。

 
『災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。

死ぬる時節には死ぬが候。
これはこれ災難を逃るる妙法にて候。』

 
不測の事態は起きるが、Aが起きた原因はBだ!と原因探しをせず、ただ事実を認め、受け入れるだけということでした。(妙法…素晴らしい教えの事)

 

宗範さんが、人生はコントロール不能だけど、思いもよらない喜ばしいことや嬉しいことも起こる。だからこそ、おもしろいのでは?とおっしゃっていました。仏教が説かれたのには、人生がいかに楽になるのか、辛いキツイ暗いものから離れたいということからだったんだなと聞きながら思いましたが、逆を言えば、その通りだなぁと気持ちが軽くなりました♪

 

個人的には、
・日々、自分に学ぶことができる
・何もできない状態こそ満たされている
・今ここにある、ありのままの自分を認めることが大切

 
こういったことが、災害や事故、不測の事態に遭った時にも、自主解決できる力を発揮する源になるんだと感じました。

 

本当に深いお話でしたが、とてもわかりやすく、質問しながら進めてくださったので、とても面白かったです。時間をオーバーしても、まだまだ尽きない!! 


また、座禅会も定期的に行われていますので、ご興味があれば陽興寺さんまでお問い合わせくださいね!! 

 

  

心のあり方次第で、見えてくる世界は変わってきます。

 

なんだかんだで

最終的に行き着く先は、精神の世界。

 

第二回の声も上がっているそうなので、氣になる方は直子さんのイベントチェックされていてくださいね♪

 

直子さんがされている「寺子屋 at ease 〜ママとベビーの学び舎〜」のFacebookページはこちら。

 

助産師の秀坂あいさんを講師に、ベビマの主催もされています♪